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2021.12.15FOCUS

【渦中の人に聞く】NPOの代表理事として、現場に立脚し「教育」の在り方を探究するーソーシャルイノベーション

20代の働き方研究所 研究員 E.S.

仕事選びにおいて、「社会貢献性の高い仕事をしたい」「他者の力になりたい」と考える人も多いかと思います。学生時代にNPO法人「青春基地」を立ち上げ、現在も代表理事として「教育」の在り方を再定義し、教育の分野から社会をより良くすることを目指す石黒和己(いしぐろ わこ)さんにお話しを伺いました。NPOを立ち上げた理由、事業を作っていった過程、今考えていらっしゃることから、1人ひとりが社会との関係を問い直すヒントを探ります。

友だちと話す中で感じた「衝撃」が教育への興味の源泉に

ー「教育」を自身のテーマに活動されていますが、まずは「教育」に興味を持ったタイミングやきっかけを教えていただけますか?

教育に関心を持ったのは、高校時代です。私は、中学・高校時代をシュタイナー教育という、教科書やテストもなく、制服もない、自由と経験を重視したオルタナティブな学びの環境で過ごしました。

クラスメイトが7名だったので、もっと友だちがいたらいいなと思い、映像をつくったり、高校生向けのワークショップを企画したり、学外の友だちと交流を持っていました。その時、学外の友だちに「学校の中では、自分の思っていることを言うのが難しい」と言われたんです。好きなこと、将来の夢、やりたいこと、興味のあることなど。「心の中で持っている思いはあっても、なかなか本音は言いにくい」「いつもは周りに合わせている」。そんな話を聞いて、カルチャーショックを受けました。

学校の中でのびのびと、個(自分らしさや自分の考え)を見せることって難しいんだ、と気づいた瞬間でしたね。

ー友だちとの関わりの中で、「学校」という環境に興味を持ったんですね。

そうですね。日常生活で多くを過ごす学校の中で、一人ひとりが個性や、その人らしさをいかすことができれば、生徒自身の人生はより豊かなものになりますし、そうやって自分のありたい姿を実現できる人が増えていけば、社会はもっと心地よくなるのではないかと思いました。高校生は、日々の大半を学校で過ごします。だからこそ、学校の中から変化を起こすことができれば面白いと感じました。

ー「学校」を変える・・・ということでしょうか?

変えるというのは、ちょっと違うかもしれないです。「そんな学校のある社会を見てみたい」という感覚です。学校がもっと「個」を大切にできる環境に変化したら、人間社会はもっと面白くなるのではないか・・・。その変化を私自身も楽しみたいですし、私自身も驚かされてみたいと思いました。

また学校、とりわけ公教育で変化を起こすことは難しいのではないかと、思われがちだと思います。誰もが通ってきたからこそ、「普通、学校はこういうもの」という固定概念みたいなものがありますよね。でも本当は、もっと学校を自由にデザインすることができると思っています。実際、たとえば学校運営の基準である教育基本法や学校教育法も、多様な解釈や現場でのアレンジができるものなんです。

 

「教育」への「探究」を深めた大学時代

ー高校生のときに興味を抱いた「教育」への探究を、大学ではより深めていかれたんですね。

高校卒業後は、慶應義塾大学 総合政策学部に進学しました。学部のある湘南藤沢キャンパス(SFC)には、経験と創造性を重視するカルチャーが根付く環境です。学生も教授たちも、いつも自由に探究と実践をしていて、とても刺激的でした。

また大学での学びの傍ら、教育系NPOでインターンもしていました。100名くらいの組織で経営層からボランティアまでいろんな人と関わるなかで、OJT的に「事業」や「組織」の作り方を学ばせていただきました。実際の事業を通して学ぶことができたのは、私にとって非常に大きな経験でした。

​​​​​​ーそして、大学3年生のときに、NPO法人青春基地を立ち上げられたんですね。

はい。もう7年前のことですが、まずは「こんなことをしたい」という構想と、組織の名前を付けて、周りの人に話すことから始めていきましたね。やっぱり新しいことをするってドキドキしました。「組織名どう思われるかな」、「真正面からダメ出しされたらどうしよう…」という不安もあったので、まずは、やさしくてポジティブな反応をしてくれそうな友だちから話していきました(笑)。

構想やアイディアを話すなかで、「それいいじゃん!」「手伝うよ!」と言ってくれる人が1人、2人と増えていき、チームができていきました。

NPOの立ち位置で「教育」にアプローチ

ー実際に事業の内容は、どのように組み立てていったのでしょうか?

まずビジョンを考え抜きました。「生まれ育った環境をこえて、一人ひとりが想定外の未来をつくる」というビジョンを掲げているのですが、このビジョンの根底には、すべての人が個や創造性の源泉をもっているという考えがあります。

教育の現場にいると、「やりたいことがない」「やりたいことを見つけられない」という課題意識を持つ人は少なくありません。しかし本来的には、全ての人が、やりたいことの源泉となるものを持っていると思いますし、実際、日々の取り組みのなかで実感しています。

ではなぜ個が出しにくくなっているかというと、「システム」の限界が来ているのではないかと考えています。たとえば今の学校教育は、殆どのルールやカリキュラムが既定されていて個に寄り添うことが難しいですよね。企業では自由な働き方がずいぶん推奨されるようになってきていますが、学校の登校時間は毎日決まっていて、登校しないと授業は受けられません。テストでは測れない感性などを持っていても評価されにくい環境です。

システムによって個が出しにくくなっているので、「やりたいこと」がないように捉えがちですが、本当は見えにくくなっているだけです。すべての人が潜在的に「やりたいこと」を持っているという前提で関わることで、大きく変わると考えています。

そして、より潜在的な可能性がひらかれていない環境にアプローチしていきたいと考えたときに、高校教育には学力、いわゆる偏差値で輪切りにされているという課題を感じました。上位校は自由な校風の学校も多く、先生が生徒を尊重しています。一方で、卒業後の進路が多様な進路多様校では、生徒を信じるよりも、生徒を守るという発想が強いように感じます。やさしさ故ではあるのですが、「ここまでしかできない」という前提が持たれやすい状況があります。

そこで公立高校で、かつできるだけ進路多様校で取り組んでいきたいと考えるようになりました。公教育が、より生徒一人ひとりの個性や、「その人らしさ」に寄り添うことができたら、大きなパラダイムシフトになる可能性を感じています。

ー公立高校では具体的にどんな取り組みをしているのですか?

主には3~5年間かけて公立高校と協働し、学びづくりと学校づくりを行なっています。まずはどんな学校づくりを進めていきたいか、共にビジョンを描いたうえで、「探究的な総合的な時間」や「課題探究」などといった教科横断的な新しい科目のなかで、カリキュラムデザインをしています。授業には、地域の学生や社会人など各校で年間200名ほどの方に参加いただいており、多様性のなかでわいわいと、学びづくりを行なっています。

また協働後も試行錯誤が生まれるような、それぞれの学校の創造性がひろがる土壌づくりが必要だと考えているので、プログラム提供にとどまらず、先生の学びや地域のコミュニティづくりなど、学校ごとに包括的に取り組んでいます。予めパッケージ化したものを届けるのではなく、対話を通して、オーダーメイドで、その高校ならではの取組みを進めていることが特徴だと思います。

とは言うものの、設立当初はまだ実績がないので、いきなり学校の中に入って授業やプログラムを展開することは難しく、高校生向けの学外でのプログラムから事業をスタートしました。

読者だけでなく、書き手が10代のウェブマガジンを立ち上げ、「取材」という接点を武器として、高校生たちが「会いたかった人」に会いにいくというプログラムを実施していました。高校生自身が企画をたて、自分の言葉で取材をし、高校生の視点で、話を聞いた内容を記事にしていくものです。「10代のウェブマガジン」という手法をとったのは、高校生からの「取材」というと、「ぜひ応援したい」と快く受け入れてくれる方が多いからです。発信よりも制作過程に重きを置いており、一人ひとりの興味や関心、不安などに寄り添った内容を共有することで、読者も社会も、触発されたらうれしいなと考えていました。

学び手自身が動き、実践することで学ぶ方法を「PBL(Project Based Learning)」というのですが、より一人ひとりの好奇心や創造力に寄りそう形で、プログラムが確立されてきたので、2017年からは、高校のなかで学びを届けることに舵を切っています。


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ー​​​​「教育」と言っても色んなアプローチがあると思います。その中でNPOを設立するという選択をされたのには、どのような理由や背景があったのでしょうか?


「教育の役割とは?」「学校のあるべき姿とは?」という問いを深めて、「教育」や「学校」の在り方を改めて問い直したいと思いました。教育を再定義していくためには、顕在的なニーズに基づいてサービスを展開することや既存の文脈でビジネスを展開するのではなく、新しいことに取り組んでいく必要があると思ったんです。ビジネスの領域では、利益を出すことが必要ですので、市場環境や市場のニーズにどうしても影響を受けてしまいます。そうではなく、もっとイノベーティブに取り組んでいきたい、そんな思いでNPOという組織形態を選びました。

「既存の文脈」に制約を受けないことを大切にしているので、組織の作り方も面白くしています。今は、敢えてマイルストーンを置いたり、成長戦略を描くこともありません。KPIやロジックモデルも一切たてずに、「やりたいからやろう。見てみたいからやろう」と、まず走り始める方法を実験中です。

「越境」や「協働」という選択をしやすいのもNPOならではだと思っています。たとえば、イノベーションを起こし、私たちで新しいプログラムや仕組みを作ったとします。私たちだけで取り組むよりも、より多くの価値を届けることができそうとなったら、他の組織やコミュニティに委譲したり、オープンソースとして社会の財産にしたりすることも選択肢の1つだと考えています。自社の「成長」や「利益」ではなく、「公共」「社会」という視点で意思決定ができるのが、ソーシャルセクターの面白さだと思います。

目指すのは想定外の未来。だから、未来の予想や目標は描かない

ー現在は、「PBL」を高校に届ける取り組みを実践されているということですが、今後はどのようなことに取り組んでいかれる予定ですか?石黒さんご自身としてと、NPO法人青春基地としての、両方の視点からお話伺いたいです。

私自身としては、どこかのタイミングで博士課程に戻りたいなと思っています(大学卒業後に東京大学大学院・教育学研究科修士課程取得)。青春基地では「生成(Generative Pedagogy)」というあり方を基盤としていているのですが、この言葉は、学びづくりにおいても、組織全体の意思決定においても、とても重要な軸になっています。これは教育哲学を源流とした概念で、修士課程の研究のなかで出会った言葉なんです。

学部時代は教育を専門とする学科に在籍していなかったので、大学院に進学しましたが、そこで、「研究」というものはとても自由度が高くダイナミックだなと感じたんです。ビジネスは短期間で利益を出す、市場でシェアを伸ばしていくなど成果が重視されますが、研究は、市場価値があるかはいったん脇に置き、シンプルに考え抜く行為です。意味があるかどうかではなく、やってみることでもあります。そんな研究というアプローチで物事を考えると、制約をはずし、より本質に迫ることができると感じています。

実際、大学院で研究をしていた当時は、NPOを立ちあげて間もない時期だったので、当然不安もありました。不安を感じているときは、どうしても「分かりやすい」価値を出すことに目を向けたくなり、短期的な回収をしたくなるものかなと思っています。そこに流されてしまうことなく、とことん考えることができたのは、研究というアプローチを持つことができたからだと思っています。

事業の今後としては、ちょっと答えになっていないかもしれないのですが、未来を予測するのはやめています(笑)。目の前で起きていること、目の前で作っている価値をよく見て、面白いと思うものを掴んでいくことで、自分たちにとっても、想定外の未来にたどり着けたらいいですね。

いずれにせよ、一人ひとりの個がいかされた創造性とwell-beingのある社会づくりにむけて、しばらく教育の実践と研究をつづけていきたいと思っています。

目の前をよく見ることで見つかるものがある

ー社会に貢献したいという思いを持っているものの、やりたいことや、取り組みたいことは持てていないと思っている20代も多いです。やりたいことを見つけるために、必要なことは何だと思いますか?

まずはその感覚に共感します。今、日本は右肩上がりの経済成長を経て、成熟しています。若い世代が新しい挑戦をする機会や、のびのびと何かを創りだす余白は、人口構造や経済状況をみると、決して豊かだとは言えないと思います。

モノが余り成熟している一方で、生きづらさを抱えている人はなかなか減らないし、広く世界をみるほど複雑で深刻な困難ばかりです。そんななかで一人の手で何かが変わるとは思えないと、私自身「どうせ」という気持ちが生まれることが、時々あります。

だから、視点を変えてみて欲しいと思います。「社会を変える」「やりたいことをやる」ということを、まずは大きく捉えすぎないことかなと思います。

必ずしも一人で立ち上がらなくていいし、初めから事業を興すことを前提としなくてもいいんじゃないでしょうか。まずは好きなことをやる、周囲との関わりの中で誰かの力になることが大切だと感じています。たとえば、友だちが失恋して落ち込んでいたら、次の日が仕事でもとことん話を聞くことも、始まりかもしれません。目の前の人の話を聞いて、目の前の人を大切にする。その延長線上に「社会に貢献する」ということがあると思います。

でもその前に、まずは、自分自身と、自分の好きなことを大切にすることかもしれません。少し暮らしに「余白」を確保して、料理でも、映画でも、ファッションでも、好きなことをちゃんとする。自分の心が躍る瞬間を見過ごさないようにする。なんとなくじゃなくて、ちゃんと取り組んでみる。それだけで気づくことが増えたり、見え方が変わってくるはずです。気づくことが増えてくると、想像力の解像度が上がっていきますし、想像力は誰かに寄り添う力になると思います。

仕事をしすぎていると、どうしても疲れてしまうこともあると思います。日常のなかで、自分が「面白い」「楽しい」という感覚を掴めるように余白を持っておくことが大切だと思います。その感覚を持つことができれば、「やりたいと思っていたことって、こういうことだったんだ」と気づく瞬間にきっと出会うことができると思いますよ。
 


NPO法人青春基地 代表理事 石黒和己さん
2015年学生時代に青春基地(https://seishun.co/)を創設。中高時代にシュタイナー教育という教科書も試験もない自由な教育をうけたことを原点に、公教育のなかで、新しい学びづくりと学校づくりを実践・研究している。2017年慶應義塾大学・総合政策学部、卒業。2020年東京大学大学院・教育学研究科修士課程取得。

この記事を書いた人

20代の働き方研究所 研究員 E.S.

1992年9月生まれ。

新卒で入社した企業で法人営業職を2年経験後、内勤セクションに異動し、インサイドセールスの仕組み作りを実施。インサイドセールスから仕事の幅を広げ、現在はマーケティング・商品企画・販売促進・広報を担う。学生時代は教育系NPOでキャリア教育に携わっており、キャリア形成への興味から、20代の働き方研究所に、副業でジョイン。広報・マーケティングのほか、取材や各種調査を担当。
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