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2021.09.22INTERVIEW

変化し続け、チャレンジすることで道は拓ける―。コロナ禍の観光産業で新たなビジネスを推進するTokyo Creativeの代表から学ぶ「突破力」とは。

20代の働き方研究所 研究員 Y.S.
Tokyo Creative株式会社 代表取締役 中川 智博(なかがわ ともひろ)様

~プロフィール~
これまで、自治体、DMO、企業の海外デジタルマーケティングを100件以上支援。観光・デジタルマーケティングに関連する講演活動にも取り組み、外務省、新潟市、三重大学、川村女子大学、杏林大学など多数実績あり。観光庁「インバウンドの地方誘客促進のための専門家」として登録。その他にも観光庁「世界水準のDMO形成促進事業」における外部専門人材や、東京観光財団運営「観光まちづくりアドバイザー」などとして精力的に活動。

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地方自治体やDMOなどの観光戦略の企画立案や実行を支援する観光プロデュースのプロ集団であるTokyo Creative。コロナ以前は訪日外国人向けの情報発信やマーケティング支援を中心とした事業を展開。日本在住の外国人YouTuberによる英語圏の人々へのPR動画を通じて日本の魅力を発信することを得意としています。現在はオンラインファムトリップなど、旅行ができないなかでも情報発信を通して地域のファンを獲得し、コロナ禍・コロナ後での集客につながる新たな観光事業を展開しています。

今回、コロナ禍でありながら新しい観光事業を立上げ、推進する代表取締役の中川さんにお話しを伺い、変化の激しい時代に活躍できる人材になるための考え方を探ります。

 

0から1を生み出すクリエイティブな仕事に向けて、動いてみる。自分の経験を活かしたキャリア遍歴

―新卒での就職活動では株式会社ワークスアプリケーションズに入社され、その後、電通アイソバー(現:電通デジタル)、そして2018年5月にTokyo Creative入社とキャリアを積まれています。まずはどのような考え方や軸をもって就職活動をされ、その後、転職をしようと考えたのか、当時を振り返って教えてください

2011年4月に入社したワークスアプリケーションズでは、当時の牧野社長の「問題解決能力を高めろ」という言葉に惹かれて入社しました。問題解決力とはビジネスの根本だと思っています。そうした考えを持っている人の下で働きたいと思ったんですよね。

ワークスアプリケーションズが採用のときに「優秀な人材しか採用しない」と言っているのですが、私は全然そうではなかったのです。その年は300名の採用で、その全員が1年間の研修を通じてプログラミングを習得していき、その結果が順位付けされていくんです。周りは優秀な人ばかりで、私はずっと下位の方でした。

ワークスアプリケーションズは「つくる(開発)」「守る(コンサル)」「売る(営業)」の各ポジションに大きく分かれていて、研修終了後にはグループ会社の営業部門に配属になりました。そこではタスク管理ツールの販売を担当していたのですが、3年目まで全く結果が出ず、これも非常に苦戦しましたね。

そうしている内に当時の上司に居酒屋に呼び出されました。「本気で営業を続ける」「部署を異動する」「会社を辞める」のどれか三つの選択肢から選ぶしかないと言われたんですよね。

正直なことをお話すると、もうちょっと真剣に取り組むこともできたかなと今となっては思いますが、営業よりは他の部署の方が向いているのではないかと思い、コンサルティングを担当する部署に異動しました。逆にこの部署では「仕事ってこんなに楽しくて良いの?」と思ってしまうくらい自分に合ったものだったのです。お客様との関係を築くことで、社内での評価も少しずつ上がっていきました。

 

―ワークスアプリケーションズでは、社内表彰されるまでの経験も積まれたそうですが、その後、どのようなきっかけで転職に踏み切られたのでしょうか

28歳になってワークスアプリケーションズに入社するきっかけになった「問題解決力を高めろ」という言葉を思い起こした時に、本当に高めたいスキルは何だろうと考えるようになりました。

そうして突き詰めていくと、自分が身に付けたいのはソフトウェアに関するスキルではないと分かってきました。ソフトウェアというものは、あくまで効率を上げるためのものです。「0から1を生み出すもの」ではなく「-10を0にするもの」なのです。0から1を生み出すような、もっとクリエイティブでアイディアを活かすような仕事がしたい、そう思ってデザインスクールに通い始めました。

―デザインスクールとは、また思い切った判断をされましたね

アートディレクターの佐藤可士和さんが話題になっていた時期だったので「アートディレクターになりたい!」とか思ってしまったんですよね(笑) でも、「ポートフォリオって何?武器みたいな名前ですね」とか言っていたレベルだったんですよ(笑)

もちろんデザインスクールだけじゃなくて転職エージェントも利用してみたのですが、その時に「今までの経験を活かされた方がいいですよ」とアドバイスをいただき、クリエイティブでアイディアを活かせる仕事で、営業経験を軸にできて…と考えたときに、じゃあ「広告」じゃないかとなりました。それからIT関連の仕事の経験もあったので、「デジタルマーケティング」に結び付いていったのです。

―そして電通アイソバーに転職されたのですね。その後はどのようなことがあったのでしょうか

28歳で電通アイソバーに転職しました。やりたいことはできる会社だと思いましたし、今の仕事をする上で必要な考え方や企画力、プレゼンテーション能力などはそこで学ぶことができたと思っています。

一方で、電通アイソバーは組織がきちんと完成している会社でした。私自身はもう少し組織としては未完成なところで、もっと早くステップアップしたいという思いもあって、次の転職を考えるようになりました。

―そうしてTokyo Creativeにたどり着いたのですね。どのようなきっかけがあったのでしょうか

もっと早くステップアップしたいと思い始めたのは、30歳で子どもが生まれたことがきっかけです。子どもって、成長がメチャクチャ早いんですよね。日々できることが増えていきます。

そんな子どもを見ていたら、このままでは自分はオワコンになってしまうと思ったのです。0から1を生み出すようなことに挑戦したい、新規事業を立ち上げられるようになりたいと思い、ベンチャー企業を研究し始めました。

ベンチャー企業をいくつか見ている中で、Tokyo Creativeは日本の魅力を世界に発信する会社として、訪日インバウンド向け事業や、インフルエンサーを起用して魅力を発信する事業を行っており、そこに興味を持ちました。今までの経験を活かして貢献できると感じたんですよね。

元々、旅行が好きでもありましたし留学の経験もあったので、インバウンド領域は非常に面白そうだと思っていました。同時に、日本の魅力はどんどん世界に発信するべきじゃないかとも考えていました。

当時、インバウンド領域の事業展開をしている会社で圧倒的No.1と呼べる会社はありませんでしたし、「インバウンド事業と言えばこの人」といった、業界を代表するような人もおらず、「インバウンド領域でNo.1を目指そう!」と考えました。

―これまでのキャリアをお伺いしていると、非常に意思決定が早く、決断力があるなと思いました。何か秘訣や、意識されていることがあるのでしょうか

色々な判断を下すときの根底に、「この選択をしても死なないよね」というか、「二度と立ち直れないようなリスクがなければ、やってみたら?」という考えがあるからだと思います。

スティーブ・ジョブズが、スタンフォード大の学位授与式で卒業生に宛てた有名なスピーチの中で、「Connecting the dots(点と点をつなげる)」という話をしています。一見、無関係のような経験でもそれが思わぬところで役に立つことがあるという話です。

だからこそ、色々なことに面白がって取り組んでみることで、色々なことに繋がっていくものだと思っていますし、実際に今、仕事をしている中でこれを実感していますね。

―一方で、「やりたいこと」がなかなか見つからないという悩みを持つ方も少なくはないように感じています

最近、観光を学ぶ学生向けに講演依頼をいただくようになり、学生の方と接する機会があるのですが、そのような悩みや質問をいただくことは、たしかにありますね。ただ、「やりたいこと」が見つからないのであれば、まずは目の前のことに没頭してみたら良いのではないかと思っています。そのなかで好き、嫌いなど軸を見つけていけばよいのかなと思います。

他責より自責。タカの目とアリの目。見つけたチャンスに、バリューを共にする仲間と、とにかく面白く取り組む。

―インバウンド事業をなされているTokyo Creativeにとって、コロナ禍で大きく状況は変化したと思います。困難もあったかと思いますが、実際にどのようなマインドで会社経営に取り組まれているのでしょうか

所与の条件に基づいて経営していく、他責にしないということを一番大事にしていますね。「コロナ禍だから仕方がない」と考えても意味はありません。皆が同じように影響を受けているものですから。

大事なことはそうした想定外の事態が発生したら迅速に何をするのかということです。経営者の立場からすれば、まずは従業員を守るということ。そして、いかに会社を存続させるのかということです。

現実的な話、会社の存続のためには、キャッシュが必要です。そのためまずはキャッシュを確保することを優先しました。幸いにも何ヵ月か先まで安定して経営ができる見込みが立ち、そこから次に何をすべきかを考えました。

その時に意識していたことは、タカの目とアリの目です。タカの目で業界全体を見渡すと、観光業はコロナ禍で大きなダメージを受けて大炎上しているように思われますよね。

ですが、アリの目で細かくみていくと、そうした業界の中でも着実に成長している会社や分野もあります。「意外なところに伸びしろがあるじゃん!」という目線で経営をしていくと、思わぬチャンスをつかめることもあるのです。

―そのような姿勢で経営をされて見つけたチャンスとは何だったのでしょうか

インバウンドにおけるプロモーションで困っていることは何だろうと考えたときに、特に官公庁が困っているのではと仮説を立てました。民間企業からの仕事はすぐにストップしてしまいましたが、官公庁の場合には3~5ヵ年で計画し予算組みをしていることが通常です。その予算を執行するときに、どのような使い道が良いのか困っているのではないかと考えたのです。

そこで、Tokyo Creativeという企業の認知を高める取り組みをしたり、インバウンド向けプロモーションは、コロナ禍こそチャンスであるというメッセージを訴求したりしました。

すると、当社の取り組みが外務省の目に留まり、コロナ禍での情報発信に関するセミナーに呼ばれ、当社のことを広める機会にも巡り合うことができました。

繰り返しになりますが、ファーストステップとして「他責にせずに自責と考えること」。セカンドステップとして「タカの目とアリの目で物事を捉えること」。この2点を意識した行動が、会社を成長させることに繋がりました。また、コロナ禍でデジタルシフトが急速に進んでいます。Tokyo Creativeがこれまで以上に必要とされるようになると予想しています。

短期的には観光業は厳しい状況にありますが、長期的に見た時には必ず残る産業です。本質的な価値をデジタルで提供できるようにしていくことができれば、コロナ以前よりも観光業の価値は向上していくのではないかとも考えています。

―先ほどお話のあった「0から1を生み出す仕事」、「色々なことに面白がって取り組んでみること」を、まさに実践されているのですね

そうですね。仮説を立てて繰り返す、面白がって取り組む、そうしたことの真っ最中です。

コロナ前までは「出口」の部分だけの事業をしていたように思います。商品を「つくる」「磨く」「発信する」という3つの工程があったとして、その「発信する」ということだけに取り組んでいました。

ですが、コロナ禍では「つくる」「磨く」といった工程に関わる機会も増えました。企業であれ、自治体であれ、しっかりとした戦略なしにはこの工程を遂行することはできません。私たちはデジタルマーケティングの分野でそのサポートをすることができています。

当社独自の強みとして外国人の社員も多く在籍していることです。そのため、外国人の視点でのアドバイスを求められることも多くありますね。以前から海外の方を対象にしたプロモーションの依頼はありましたが、現在は国内向けのプロモーションもあり、外国人の視点と日本人の視点を持つ当社ならではの強みを活かすことができていると考えています。



 

―代表として旗を振り、ピンチを脱して成長軌道に会社を乗せられました。社員の皆さんも同じような意識をもって頑張られたのでしょうか

ビジョン「知られざる日本を世界に向けて発信する」、ミッション「Goal Driven」、バリュー「Proactive」「Supportive」を設定しています。バリューとして掲げている、「Proactive 常に自発的に動こう、誰よりも先にアクションしよう。」「Supportive 国籍・文化の壁を超えて、ともに助け合い新しい価値を提供しよう。」を、社員と共有できていると感じます。

優秀なメンバーに恵まれており、「1言えば100動く」ような人ばかりです。新規事業をやるとなっても、自分自身の役割や意図を理解してくれるので、そうした点では非常に助けられています。

ビジョン、ミッション、バリューは私が代表となって制定しました。働いている社員の共通項を抽出して作ったもので、暗黙知を言語化したものになります。メンバーが増えてきているので、新しく入社した社員も、このビジョン、ミッション、バリューを理解し、それに対してどう動くべきなのかを自分自身に問いかけながら、行動してほしいと思っています。

―外国人の方も多数在籍されていて、女性社員の比率も高いと伺っています。採用においては何か工夫や意識されていることはあるのでしょうか

Tokyo Creativeの掲げる、ビジョン、ミッション、バリューにフィットするかどうかに尽きると思いますね。採用する事業部にもよりますが、スキルセットよりもマインドセットの方が重要だと考えています。共感性があって、素直さがあり、情報をキャッチアップできる人であれば活躍してくれるのではないでしょうか。

また、外国人や女性の採用については、結果としてそうなっているというだけのことで、あくまで事業をドライブさせるために必要な人材を採用しています。
 

ビジョンを追求し続けることが目標。壊して立ち上がるチャンスの観光産業はもちろん、人も企業も変わり続ける必要性がある。

―そのようなメンバーと、今後実現されたいことは何でしょうか

あくまでもビジョンとして掲げている「知られざる日本を世界に向けて発信する」を追求していくことです。情報発信のやり方に、まだまだ改善の余地のある企業や自治体はたくさんあり、正直、「注力する順番が違うでしょ!」と思ってしまうこともありますね。そういったところは変えていきたいです。

一方で成果が見えにくいという課題はあります。たとえば、Tokyo Creativeが地域のプロモーション動画を作成し、YouTubeで発信したとします。その地域を訪れた人1人ひとりが、その動画を見たことで来訪してくれたかどうかまでは正確には測定できません。こうした点はもっとブラッシュアップすることで、地域を潤す仕組みをつくっていきたいですね。

コロナ禍で飲食店が相次いで閉店してしまったように、旅館やホテルなどの宿泊施設も相次いでクローズしています。私たちTokyo Creativeの事業はこうした問題を解決する一つの手段となっており、その点ではワークスアプリケーションズに入社を決めた際に、牧野社長が「問題解決能力を高めよ」と言っていたことは正しかったな、と思っています。

 

―そうした目標を掲げる中、観光産業全体をどのようにご覧になっていますか

コロナ禍での観光産業は「壊して立ち上がるチャンス」とみています。先ほどのデジタルシフトもそうですが、戦略なしに突貫工事的に施策が進められるケースも多く、結果的に無駄や非効率が生まれてしまう流れを見直す必要があると思っています。

また、これまで観光は低単価な産業と言われてきました。かつて、インバウンド事業で訪日客が増えたときは、単価が下がりいわゆる薄利多売に陥りつつありました。たとえコロナがなかったとしても、従来の方法では、10年、20年先に立ち行かなくなる会社が出てきてしまったのではないかと思っています。

未来を考えると、従来のやり方を継続する会社よりも、変わらなければならないこの状況をしっかりと把握し、チャンスと捉える会社が生き残り成長すると思うので、観光業界への就職を目指して悩む学生にも「むしろ良かったね」と話しています。

―最後に、この記事を読む20代の皆さんに、働くことやキャリア形成をする上で、必要となる考え方や意識の持ち方について、メッセージをお願いします。

とにかく変化し続けることです。今までの日本であれば、我慢して定年まで勤めれば、あとは余生を楽しんで暮らすといったこともできましたが、そうした時代はもう終わってしまいました。

これからは企業も個人も状況に合わせて変わっていくことが求められています。変化のできない企業は市場から淘汰されてしまいますし、個人においても、変化し対応できない人は40代で肩たたきにあってしまうかもしれません。もう、変わり続けるしかない時代なのだと思います。

どのように変化すれば自分がハッピーになれるのかという視点で考えれば良いと思います。活躍できそうなフィールドがあれば進んでみることが大事です。もしフィールドを変えたいときは、今いるフィールドでやり切ったかどうかが重要です。よく「3年続ける」などという話もありますが、今の会社にたとえ3年在籍していなかったとしても、やり切ったと思えることがあるなら転職をするのも問題ないと思います。

自分がハッピーになれるフィールドを見つけて、進むと決めたら覚悟を決めて飛び込んでみる。そして学ぶことができたら感謝する。そうして経験を積んでいってほしいですね。
 

Tokyo Creative 株式会社
「知られざる日本を世界に向けて発信する」をビジョンに掲げ、日本人も気付いていないような日本の魅力を世界に向けて発信。新潟県弥彦村に訪日インバウンド客をゼロから集客することに成功したり、訪日観光客のカプセルホテルブームの火付け役となるなど、訪日インバウンド向けプロモーション実績は100社以上。多国籍な社員構成で、日本人・外国人目線の両方を活用し、地方の観光業支援などを手掛ける。
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この記事を書いた人

20代の働き方研究所 研究員 Y.S.

1991年12月生まれ。
新卒で大手新聞社に入社。記者として取材・記事の執筆を経験後、Webサービスを手掛ける企業に転職。約20名のメンバーのマネジメントの傍ら、Webサイトの開発・サイトの集客プロモーション・取材やライティングを幅広く担当。20代の働き方研究所では、企業へのインタビュー取材・取材記事執筆を担っている。
#カスタマーサクセス #コンテンツディレクション #イベントプロモーション #仕事終わりの晩酌が日課

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