2021.12.22INTERVIEW
業界の課題解決に向き合い世界を変える、D2Cブランド。ブランドができる「プロセス」を見せる、ビジネス手法とは?
20代の働き方研究所 研究員 Y.S.
株式会社ステイト・オブ・マインド 取締役 ブランディング統括 teshioni総支配人
佐藤 杏里(さとう あんり) 様
日本の縫製業界全体の再生を目指す株式会社ステイト・オブ・マインド。国内の縫製業界は大量生産による海外とのコスト競争にさらされ、収益性の低い斜陽産業になりつつあるという課題から、同社では『nutte(ヌッテ)』という縫製職人のマッチングプラットフォームを生み出しました。
縫製職人は『nutte』に登録することで、アパレルやネットショップなどの事業者とのマッチングを図ることができ、事業者のオーダーに合わせて、洋服や衣装、バッグ、靴や雑貨など幅広い縫製品を、適正な金額で製造することができるようになりました。
その後、同社ではファッションデザイナーによる個人のファッションブランド立ち上げを支援する『teshioni(テシオ二)』『teshioni maison407(テシオニメゾンヨンマルナナ)』をスタート。『teshioni』は『nutte』に登録する職人と、デザイナーが協力して生み出した製品を販売するECサイトであり、『teshioni maison407』はファッションデザイナーが、1年で自身のブランドを持てるように支援するプロジェクトのこと。デザイナーとしてのスキルアップだけではなく、生産背景までを理解し、自走できることを目的としています。
今回は、『teshioni』『teshioni maison407』の発起人としてブランディング統括・総支配人として事業の育成を担う傍ら、自身もデザイナーとしてファッションブランドを展開される佐藤さんに、これまでのご経歴を伺うと共に、消費者と直接つながることが出来る時代の「ブランドのあり方」や、「ブランドの育て方」、D2Cビジネスの推進に必要なポイントについて、お話いただきました。
―まずは佐藤さんのご経歴と、どのような経緯でステイト・オブ・マインドに入社されたのか、お話を聞かせてください
実は歌手デビューするために上京しました。1年ほど活動をしたのち休止することになり、20歳でキャリアが途絶えるという経験をしたんですよね。そこで一度、地元の大阪に戻るのですが、小さなころから続けていたバレエの先生をやったり、ヨガのインストラクターをやったり、その傍らでアルバイトをするなどして生計を立てていました。
20代半ばで結婚し、20代後半で離婚も経験しました。そこから何もない状態で、一人で東京に出てやり直すことにしたんです。そこでまたアルバイトをしていたのですが、その同僚に、当社の創業者である伊藤もいたんですよね。
その後、そのアルバイトを辞め、伊藤が会社を立ち上げるとなったとき「アルバイトとして手伝ってほしい」と言われ、当社で仕事を始めました。仕事をしていくうちにのめり込んでいき、気付いたら正社員として入社し、そして取締役になったという感じですね(笑)
―それでは本当に偶然の出会いだったんですね。なぜそれほどまでに面白さを感じ、深くのめり込むようになったのでしょうか
遡ると中学校での経験が原点にあるように思います。中学生の時から少し意識を高くもつ生徒で、当時、どうしても制服を着たくないという思いがあって、学校に対し、抗議やデモ、署名活動、自分たちの意見を届けるためのビデオメッセージの制作などもしていました。ただ、中学校って3年間で終わってしまいますよね。いくら活動をしても、大きく変えることもできないまま終わってしまうということを、身をもって体験しました。声を上げるだけでは変えられないのではないかと思ったんです。
スタートアップやベンチャー企業というのは、社会のうまくいっていないことに対して、自分たちの手で仕組を作り、現状を変えることが出来るものだと思うのですが、世界が変わっていくところを直視することができ、そこに面白さを感じることができたんです。
例えば当社が提供している、縫製のマッチングプラットフォーム『nutte(ヌッテ)』であれば、言われるがまま下請けとなってしまっている縫製職人が自分で仕事を選び、自分で値段を決めることが出来ます。そうした革新的な取り組みに関われることが大きなやりがいでした。
―中学生の時の行動や、歌手デビューを果たすことなど、アクティブに活動し続けていらっしゃることが印象的です。何か意識されてのことなのでしょうか
失敗を恐れない姿勢は持ち続けているように思います。それに、これまでの経験から、何歳になっても何度でもやり直せるということも分かり、よりその姿勢は強くなっているように感じますね。歌手になろうと思ったときも、若い内に挑戦をしないともったいないと感じたからで、高校を中退して目指し、その後は大検も取得しました。
失敗を恐れないようになったのは、人生の早いタイミングで挫折や、できることには限界があると感じる経験をしたからかもしれません。子どものころにバレエを習っていましたが、小さなころからコンクールなどで比較される世界です。その内、自分よりうまい子の演技を見て、周回遅れというか、プロの世界では絶対にやっていけないと感じました。
たとえ選んだ道が失敗だったとしても、何かのせいにし続けていては改善されませんよね。でも、失敗した原因を自分の中に見出すことが出来れば、それはプラスにすることができます。そこで、色々なことに挑戦して、たとえ失敗したとしても、それは自分にとってプラスになると思えるようになっていったと思います。滑って転んで、を繰り返した方が成長するように思いますね。
―そうして入社され、1年でD2Cブランドとして自走できる力を養うプロジェクト『teshioni maison407』を生み出されましたが、背景には何があったのでしょうか
縫製のマッチングプラットフォーム『nutte』はクラウドソーシングサービスであり、縫製職人と事業者・個人を結ぶサービスでもあります。自分が思い描いた縫製品を、プロに作ってもらうことが出来るサービスはすごいものだと感じていたんです。洋服はもちろん、それこそバレエの衣装から、子どもが幼稚園にもっていくようなグッズまで、生み出せるものは幅広く、これからの可能性は未知数だと感じました。
デザイナーと職人がタッグを組み、一人でも自分の思いのこもったブランドを立上げ、運営することができたら良いんじゃないかなとぼんやり思っていたのですが、『teshioni』で取り扱っているブランドの一つである「foufou」のデザイナーから、当時、個人のブランドを一人で運営し続ける難しさについて相談を受け、それなら一緒にやってみようとなったんです。
―当初から現在のような規模のサービスを想定されていたのでしょうか
いえ、当初はサービスの規模を大きくしようなどとは考えていませんでした。通常、ブランド単体で生産背景を自前で持つことが難しいのですが、せっかく職人とのつながりがあるのであれば、小ロットで縫製をしてもらうことができるアドバンテージがあるので、まずは一回トライしてみようという気持ちでやってみました。
その一方で、現在、多少ハードルは低くなりましたが、当時はもっと洋服ブランドを立ち上げることは難しく、サンプルをつくり、展示会を開き、そこに人を呼び込み、受注をするために何千万円もの費用が掛かってしまうもので、もっと簡単にできないものだろうかという思いもありましたね。
また、アパレル業界では縫製業が下請けになっている中で、縫製やアパレルを仕事にしたいと思っても、ショップの販売員になるくらいしか就職の道がありません。縫いたい、作りたいと思ったとしても、経験・実践する場がなく、そして経験・実践しなければ失敗をすることもできないため、成長することもできない。だから、その土壌をつくってみたいということも意識していました。
縫製のマッチングプラットフォーム『nutte』の縫製職人にも、D2Cブランドの立上げ・生産・販売・運営を支援する『teshioni』のデザイナーにも、「選ぶ権利」と「選ばれるハードル」という表現で伝えているのですが、縫製職人やデザイナーも仕事を選ぶ権利はある一方で、選ばれた時にはやり遂げる責任が発生します。失敗して、そこでの気づきを次に生かすような場がなければ、その責任を全うすることはできません。
今では『teshioni』は、高品質できちんとしたものを世に出すという実感と責任感を覚えることが出来る場となっていると思います。デザイナーが自分の名前をきちんと出して自身がデザインしたお洋服を販売し、お客様に向き合うことで、ものを売る責任の一端を負うことが出来るからです。
―それではどのようなタイミングで事業を大きくしようと考えられたのでしょうか
『teshioni』は意図的に大きくしていったわけではなく、お客様の盛り上がりに大きく押し上げていただき、今の規模になっていきました。1年でD2Cブランドとして自走できる力を養うプロジェクト『teshioni maison407』については、自分のブランドを持ち自走できるようになれるということもあってか、1ヵ月に何十件と想定よりも応募がありましたね。
サービス開始当初は『teshioni』に出品できるデザイナーは、SNSのフォロワーの多い方に限定していましたが、『teshioni maison407』はデザイナーを育成するわけですから、会社としても投資となります。そのため、単にSNSのフォロワー数だけで考えるのではなく、熱意ある方を対象としようと考えました。極端な話、SNSをやっていなくてもいいんです。
―お客様や、多くのデザイナーに支持されてということですね。『teshioni maison407』で育成するデザイナーの選定基準はどういった点になるのでしょうか
応募したデザイナーがどのような文化・背景を持つブランドを立ち上げたいのか、そしてそのブランドを通じて世の中をどのように変えていきたいのかということを聞いています。ファッション、洋服は文化ですので、そのような考えや視点を十分に持っているかどうかを重視しています。もちろん、面接1回でそれを聞くことは難しいので、資料を作ってプレゼンテーションしてもらうこともありますね。
―『teshioni』がお客様の支持を受けて大きくなり、また、デザイナーは自身のブランドを通じて世の中にどのようなインパクトをもたらせるのかを重視されています。佐藤さんは、D2Cビジネスを推進し、ブランドをつくり上げる上で、どのような点を大事にされているのでしょうか
縫製職人は直接お客様の顔を見ることはできませんし、デザイナーは縫製職人の顔を見ることができません。ですが、私たちはお客様がどのように喜んでいるのかを知ることができ、職人さんが真剣に洋服を作る姿を見ることもできます。私たちの立場は、職人にお客様がどれだけ喜んでいるかを伝えつつ、デザイナーに職人の思いや姿勢を伝える、温度感を共有する仲立ちのような存在です。そうした立場でお互いを結びつけることを大事にしています。
また、ブランドができていくプロセスを見せるということも重視しています。ブランドというのは製品自体を表すものでありません。私はブランドとは「つくるもの」ではなく「なっていくもの」と考えています。これまでの選択によって蓄積された文脈がブランドではないかと思っています。
―ブランドは「つくるもの」ではなく「なっていくもの」とはどういうことでしょうか
ブランドが出来ていくためには、まず、その過程で何を選択したのかということがあります。また、ある一つのモノだけでブランドとすることはできず、集合体になる必要があります。
もう少し分かりやすくお伝えすると、あるブランドが洋服や靴、鞄を展開しているとして、それ以外の製品を作らないということも選択ですし、そのシリーズは女性を対象にしたもので、男性向けのものを作らないというのも選択です。何を「選び」、何を「選ばなかったか」。その選択が「らしさ」になっていきます。また、洋服もただ1着あるわけではなく、シーズンごと、年代ごとに様々なバリエーションを用意して、集合体となることで初めてブランドとして認知される準備が整います。
「選択」によって出来上がった製品、その製品を世の中に出す際の「メッセージ」が、一つのカルチャーとなっていきます。「メッセージ」を伝え、受け取られることで形成されるカルチャーが歴史となり、歴史が積み重なることで、ブランドとなっていくと考えています。
つまりブランドとは、ブランドが成り立つまでの一連の営みが背景にある文脈のことであり、その営みを見せるということが、プロセスを見せるということです。単にモノが出来上がっていく過程を見せるということではありません。
こうしたことを計算して行っていくのですが、計算を超えてブランドが出来上った時が、一番面白く感じますね。
―1年でD2Cブランドとして自走できる力を養うプロジェクト『teshioni masion407』は1年で自身のブランドを立上げ、自走することを目標としたプログラムです。まだ駆け出しのデザイナーにとっては、お話いただいたようなことを成し遂げるのは難しいのではないかとも感じてしまいます。どのように育成・支援されているのでしょうか
1年で自立するということがサービスの根幹ですので、それは守らないといけないことですよね。ただ、育成・支援の仕方といっても王道があるわけでもなく、デザイナー一人ひとりによって異なります。
これまでいくつかのブランド立ち上げを経験してきた自分としては、支援するデザイナーに「そっちは崖だからその選択はしない方がいいよ」と言いたくなる時もあります。ただ、一から十まで指示しては、言われた側はときに、自分がやりたいことを邪魔されたと思うこともあるでしょうし、自分で困る経験をしなければ、自分で考えることもできません。
私たちの取り組みは、安心して困ることが出来るように、本当に重要な場面ではしっかり支援をするということなんだと思います。1年の間で出来るだけ困って欲しいと思いますね。
―その後、D2Cブランドの立上げ・生産・販売・運営を支援する『teshioni』で自身のブランドを販売していくこととなりますが、SNSを通じた広報・宣伝などについてはどうされているのでしょうか
『teshioni』においての広報・宣伝もデザイナーが自分たちで行います。一方で、私たちがYouTubeなどで発信しているのは、そのデザイナーがブランドを創り上げていくプロセスの記録です。何に困り、何を選択してきたかというのは当事者が発信することは難しく、第三者である私たちが記録し、公開しています。
そのプロセスを収めた記録も、積極的に拡散をしているわけではなく、ブランドを知ったお客様が、その背景や文脈に何があるのかをもっと知りたいと思ったときにアクセスできるようにしています。
―それにしても、全くの未経験から偶然ステイト・オブ・マインドに入社され、今ではご自身でブランドをプロデュースされています。その力はどのように養われたのでしょうか
自分がこれまで体験したこと、見て面白いと感じたものを咀嚼して自分の力にしているように思います。バレエを通じて学んだこと、日常でお笑いを見て感じたことを解釈していますね。
―日常で見ているお笑い番組を咀嚼する、解釈するというのはどういった作業なのでしょうか
一日中仕事のことが頭から離れないタイプなんです。例えばエンタメを見たときに、司会者やお笑い芸人の方の話し方や、相手に対しての伝え方を聞いたとき、インスタライブでお洋服を紹介するときにはこうした方がいいのかもしれない、と考えるといった感じですね。バレエであれば衣装が独特なので、衣装のこの要素を洋服に活かそうといったことを考えています。
―佐藤さんにとって、この仕事のやりがいはどこに見出されているのでしょうか
職種にかかわらず、仕事の面白さは、いかに社会に貢献しているかを感じることができるかにあるように思います。
私の仕事であれば、例えば『nutte』に登録された職人さんが、少し前まで時給1000円に満たないアルバイトなどで生計をたてていたのに、『teshioni』で縫製の仕事で月間に数十万円稼ぐことが出来るようになったということもありました。
また、当社にはアトリエがあり、毎日、ブランドの立ち上げに努力していくことで、目に見えて変わっていく姿をみることができます。こういった姿を見ていると、世界を少し変えることができているのかな、とも思いますね。
自分のことは最後にしようと考えています。自分を主語にするのではなく、「社会にとって」「会社にとって」「ブランドにとって」と主語を大きくして物事を考えるようにしています。ある服のデザインを考えるときに、私を主語にしてしまうと、自分が好きかどうかということに終始してしまいます。自分が好きなデザインは良いデザインで、好きでないデザインは良くないデザインとなってしまいます。しかし、ブランドを主語にして考えたら、また見え方は変わっていきますよね。そのデザインがブランドらしいかどうかという視点で物事を見ることができれば、ブレずに判断することができると思っています。
―『teshioni maison407』のビジョンや目標を教えてください
誰でもブランドを作ることが出来るというのは面白いことですよね。アトリエがあるとお話しましたが、解釈の出来る職人を育てています。言葉や文化から、それを形にすることができるような力を身に着けてほしいと思っていますね。
また、ゆくゆくは海外に挑戦できる日本のブランドも育てていきたいと考えています。
―最後に、自分のブランドを持ちたい、自分で事業を手掛けてみたいと考える読者に向けてメッセージをお願いします
自分の根底にある楽しいと思えることを見つけてほしいと思っています。それは単に楽しさを感じることというよりも、やってみたいことに向けて一歩ずつ努力していくというプロセスそのものを楽しめるようなことです。
近視眼的になりすぎてしまうと、短期的に楽しいと感じることに目が向いてしまいますが、主語を大きく持てば長いスパンで物事を捉えることができるでしょう。例えば30歳で縫製職人を目指すことを志したとして、世の中には20歳で目指し始めている人もいます。10年の差が大きく感じる人もいるでしょうが、職人として70歳まで活動するとなれば、実はそこまで大差があるわけでもないのです。大きな視点でやりたいことに向かって挑戦することが出来ればブレずにいられると思います。
私も20代で一度、キャリアが断たれてしまうことがありました。その時にはどこも雇ってくれないんじゃないか、社会に出ることはできないのではないか、不安に感じたこともありましたが、結局はそうではありませんでした。この先長い人生だと思います。目の前のことに囚われ過ぎずに、もっと広い視野をもって欲しいですね。
株式会社ステイト・オブ・マインド
2015年2月設立。着る人と縫う人をつなぐ、縫製職人のマッチングプラットフォーム『nutte(ヌッテ)』、1年でD2Cブランドとして自走できる力を身に着けることが出来る『teshioni maison407』といったサービスを通じ、「国内の縫製業界の再生」「縫製職人の活躍の場を増やす」「デザイナーが自身のブランドを通じ活躍する」ことを支援する。国内縫製業は海外とのコスト競争に敗れ、収益性が低い産業となり、まとまった収入を得ることができないことから若手人材の育成に注力できない産業の空洞化という課題がある中、エンドユーザーとできるだけ近い距離で受注できる環境をつくり、適正な収入を得られる環境を作り出している。現在、ユーザーは2万6,000人を超え、IVS Launch Padで準優勝、「ガイアの夜明け」「WBS」「スッキリ!」などの各種メディアでも特集される他、業界再編に関心の高い大手事業者との資本業務提携・事業提携が進むなど、注目を集めている。
佐藤 杏里(さとう あんり) 様
日本の縫製業界全体の再生を目指す株式会社ステイト・オブ・マインド。国内の縫製業界は大量生産による海外とのコスト競争にさらされ、収益性の低い斜陽産業になりつつあるという課題から、同社では『nutte(ヌッテ)』という縫製職人のマッチングプラットフォームを生み出しました。
縫製職人は『nutte』に登録することで、アパレルやネットショップなどの事業者とのマッチングを図ることができ、事業者のオーダーに合わせて、洋服や衣装、バッグ、靴や雑貨など幅広い縫製品を、適正な金額で製造することができるようになりました。
その後、同社ではファッションデザイナーによる個人のファッションブランド立ち上げを支援する『teshioni(テシオ二)』『teshioni maison407(テシオニメゾンヨンマルナナ)』をスタート。『teshioni』は『nutte』に登録する職人と、デザイナーが協力して生み出した製品を販売するECサイトであり、『teshioni maison407』はファッションデザイナーが、1年で自身のブランドを持てるように支援するプロジェクトのこと。デザイナーとしてのスキルアップだけではなく、生産背景までを理解し、自走できることを目的としています。
今回は、『teshioni』『teshioni maison407』の発起人としてブランディング統括・総支配人として事業の育成を担う傍ら、自身もデザイナーとしてファッションブランドを展開される佐藤さんに、これまでのご経歴を伺うと共に、消費者と直接つながることが出来る時代の「ブランドのあり方」や、「ブランドの育て方」、D2Cビジネスの推進に必要なポイントについて、お話いただきました。
失敗を恐れずに挑戦し続けて偶然出会ったステイト・オブ・マインド。世界を変える面白さが入社のきっかけに
―まずは佐藤さんのご経歴と、どのような経緯でステイト・オブ・マインドに入社されたのか、お話を聞かせてください実は歌手デビューするために上京しました。1年ほど活動をしたのち休止することになり、20歳でキャリアが途絶えるという経験をしたんですよね。そこで一度、地元の大阪に戻るのですが、小さなころから続けていたバレエの先生をやったり、ヨガのインストラクターをやったり、その傍らでアルバイトをするなどして生計を立てていました。
20代半ばで結婚し、20代後半で離婚も経験しました。そこから何もない状態で、一人で東京に出てやり直すことにしたんです。そこでまたアルバイトをしていたのですが、その同僚に、当社の創業者である伊藤もいたんですよね。
その後、そのアルバイトを辞め、伊藤が会社を立ち上げるとなったとき「アルバイトとして手伝ってほしい」と言われ、当社で仕事を始めました。仕事をしていくうちにのめり込んでいき、気付いたら正社員として入社し、そして取締役になったという感じですね(笑)
―それでは本当に偶然の出会いだったんですね。なぜそれほどまでに面白さを感じ、深くのめり込むようになったのでしょうか
遡ると中学校での経験が原点にあるように思います。中学生の時から少し意識を高くもつ生徒で、当時、どうしても制服を着たくないという思いがあって、学校に対し、抗議やデモ、署名活動、自分たちの意見を届けるためのビデオメッセージの制作などもしていました。ただ、中学校って3年間で終わってしまいますよね。いくら活動をしても、大きく変えることもできないまま終わってしまうということを、身をもって体験しました。声を上げるだけでは変えられないのではないかと思ったんです。
スタートアップやベンチャー企業というのは、社会のうまくいっていないことに対して、自分たちの手で仕組を作り、現状を変えることが出来るものだと思うのですが、世界が変わっていくところを直視することができ、そこに面白さを感じることができたんです。
例えば当社が提供している、縫製のマッチングプラットフォーム『nutte(ヌッテ)』であれば、言われるがまま下請けとなってしまっている縫製職人が自分で仕事を選び、自分で値段を決めることが出来ます。そうした革新的な取り組みに関われることが大きなやりがいでした。
―中学生の時の行動や、歌手デビューを果たすことなど、アクティブに活動し続けていらっしゃることが印象的です。何か意識されてのことなのでしょうか
失敗を恐れない姿勢は持ち続けているように思います。それに、これまでの経験から、何歳になっても何度でもやり直せるということも分かり、よりその姿勢は強くなっているように感じますね。歌手になろうと思ったときも、若い内に挑戦をしないともったいないと感じたからで、高校を中退して目指し、その後は大検も取得しました。
失敗を恐れないようになったのは、人生の早いタイミングで挫折や、できることには限界があると感じる経験をしたからかもしれません。子どものころにバレエを習っていましたが、小さなころからコンクールなどで比較される世界です。その内、自分よりうまい子の演技を見て、周回遅れというか、プロの世界では絶対にやっていけないと感じました。
たとえ選んだ道が失敗だったとしても、何かのせいにし続けていては改善されませんよね。でも、失敗した原因を自分の中に見出すことが出来れば、それはプラスにすることができます。そこで、色々なことに挑戦して、たとえ失敗したとしても、それは自分にとってプラスになると思えるようになっていったと思います。滑って転んで、を繰り返した方が成長するように思いますね。
縫製職人やデザイナーの未来のために。選択と困難というプロセスを見せるブランドづくり
―そうして入社され、1年でD2Cブランドとして自走できる力を養うプロジェクト『teshioni maison407』を生み出されましたが、背景には何があったのでしょうか縫製のマッチングプラットフォーム『nutte』はクラウドソーシングサービスであり、縫製職人と事業者・個人を結ぶサービスでもあります。自分が思い描いた縫製品を、プロに作ってもらうことが出来るサービスはすごいものだと感じていたんです。洋服はもちろん、それこそバレエの衣装から、子どもが幼稚園にもっていくようなグッズまで、生み出せるものは幅広く、これからの可能性は未知数だと感じました。
デザイナーと職人がタッグを組み、一人でも自分の思いのこもったブランドを立上げ、運営することができたら良いんじゃないかなとぼんやり思っていたのですが、『teshioni』で取り扱っているブランドの一つである「foufou」のデザイナーから、当時、個人のブランドを一人で運営し続ける難しさについて相談を受け、それなら一緒にやってみようとなったんです。
―当初から現在のような規模のサービスを想定されていたのでしょうか
いえ、当初はサービスの規模を大きくしようなどとは考えていませんでした。通常、ブランド単体で生産背景を自前で持つことが難しいのですが、せっかく職人とのつながりがあるのであれば、小ロットで縫製をしてもらうことができるアドバンテージがあるので、まずは一回トライしてみようという気持ちでやってみました。
その一方で、現在、多少ハードルは低くなりましたが、当時はもっと洋服ブランドを立ち上げることは難しく、サンプルをつくり、展示会を開き、そこに人を呼び込み、受注をするために何千万円もの費用が掛かってしまうもので、もっと簡単にできないものだろうかという思いもありましたね。
また、アパレル業界では縫製業が下請けになっている中で、縫製やアパレルを仕事にしたいと思っても、ショップの販売員になるくらいしか就職の道がありません。縫いたい、作りたいと思ったとしても、経験・実践する場がなく、そして経験・実践しなければ失敗をすることもできないため、成長することもできない。だから、その土壌をつくってみたいということも意識していました。
縫製のマッチングプラットフォーム『nutte』の縫製職人にも、D2Cブランドの立上げ・生産・販売・運営を支援する『teshioni』のデザイナーにも、「選ぶ権利」と「選ばれるハードル」という表現で伝えているのですが、縫製職人やデザイナーも仕事を選ぶ権利はある一方で、選ばれた時にはやり遂げる責任が発生します。失敗して、そこでの気づきを次に生かすような場がなければ、その責任を全うすることはできません。
今では『teshioni』は、高品質できちんとしたものを世に出すという実感と責任感を覚えることが出来る場となっていると思います。デザイナーが自分の名前をきちんと出して自身がデザインしたお洋服を販売し、お客様に向き合うことで、ものを売る責任の一端を負うことが出来るからです。
―それではどのようなタイミングで事業を大きくしようと考えられたのでしょうか
『teshioni』は意図的に大きくしていったわけではなく、お客様の盛り上がりに大きく押し上げていただき、今の規模になっていきました。1年でD2Cブランドとして自走できる力を養うプロジェクト『teshioni maison407』については、自分のブランドを持ち自走できるようになれるということもあってか、1ヵ月に何十件と想定よりも応募がありましたね。
サービス開始当初は『teshioni』に出品できるデザイナーは、SNSのフォロワーの多い方に限定していましたが、『teshioni maison407』はデザイナーを育成するわけですから、会社としても投資となります。そのため、単にSNSのフォロワー数だけで考えるのではなく、熱意ある方を対象としようと考えました。極端な話、SNSをやっていなくてもいいんです。
―お客様や、多くのデザイナーに支持されてということですね。『teshioni maison407』で育成するデザイナーの選定基準はどういった点になるのでしょうか
応募したデザイナーがどのような文化・背景を持つブランドを立ち上げたいのか、そしてそのブランドを通じて世の中をどのように変えていきたいのかということを聞いています。ファッション、洋服は文化ですので、そのような考えや視点を十分に持っているかどうかを重視しています。もちろん、面接1回でそれを聞くことは難しいので、資料を作ってプレゼンテーションしてもらうこともありますね。
―『teshioni』がお客様の支持を受けて大きくなり、また、デザイナーは自身のブランドを通じて世の中にどのようなインパクトをもたらせるのかを重視されています。佐藤さんは、D2Cビジネスを推進し、ブランドをつくり上げる上で、どのような点を大事にされているのでしょうか
縫製職人は直接お客様の顔を見ることはできませんし、デザイナーは縫製職人の顔を見ることができません。ですが、私たちはお客様がどのように喜んでいるのかを知ることができ、職人さんが真剣に洋服を作る姿を見ることもできます。私たちの立場は、職人にお客様がどれだけ喜んでいるかを伝えつつ、デザイナーに職人の思いや姿勢を伝える、温度感を共有する仲立ちのような存在です。そうした立場でお互いを結びつけることを大事にしています。
また、ブランドができていくプロセスを見せるということも重視しています。ブランドというのは製品自体を表すものでありません。私はブランドとは「つくるもの」ではなく「なっていくもの」と考えています。これまでの選択によって蓄積された文脈がブランドではないかと思っています。
―ブランドは「つくるもの」ではなく「なっていくもの」とはどういうことでしょうか
ブランドが出来ていくためには、まず、その過程で何を選択したのかということがあります。また、ある一つのモノだけでブランドとすることはできず、集合体になる必要があります。
もう少し分かりやすくお伝えすると、あるブランドが洋服や靴、鞄を展開しているとして、それ以外の製品を作らないということも選択ですし、そのシリーズは女性を対象にしたもので、男性向けのものを作らないというのも選択です。何を「選び」、何を「選ばなかったか」。その選択が「らしさ」になっていきます。また、洋服もただ1着あるわけではなく、シーズンごと、年代ごとに様々なバリエーションを用意して、集合体となることで初めてブランドとして認知される準備が整います。
「選択」によって出来上がった製品、その製品を世の中に出す際の「メッセージ」が、一つのカルチャーとなっていきます。「メッセージ」を伝え、受け取られることで形成されるカルチャーが歴史となり、歴史が積み重なることで、ブランドとなっていくと考えています。
つまりブランドとは、ブランドが成り立つまでの一連の営みが背景にある文脈のことであり、その営みを見せるということが、プロセスを見せるということです。単にモノが出来上がっていく過程を見せるということではありません。
こうしたことを計算して行っていくのですが、計算を超えてブランドが出来上った時が、一番面白く感じますね。
―1年でD2Cブランドとして自走できる力を養うプロジェクト『teshioni masion407』は1年で自身のブランドを立上げ、自走することを目標としたプログラムです。まだ駆け出しのデザイナーにとっては、お話いただいたようなことを成し遂げるのは難しいのではないかとも感じてしまいます。どのように育成・支援されているのでしょうか
1年で自立するということがサービスの根幹ですので、それは守らないといけないことですよね。ただ、育成・支援の仕方といっても王道があるわけでもなく、デザイナー一人ひとりによって異なります。
これまでいくつかのブランド立ち上げを経験してきた自分としては、支援するデザイナーに「そっちは崖だからその選択はしない方がいいよ」と言いたくなる時もあります。ただ、一から十まで指示しては、言われた側はときに、自分がやりたいことを邪魔されたと思うこともあるでしょうし、自分で困る経験をしなければ、自分で考えることもできません。
私たちの取り組みは、安心して困ることが出来るように、本当に重要な場面ではしっかり支援をするということなんだと思います。1年の間で出来るだけ困って欲しいと思いますね。
―その後、D2Cブランドの立上げ・生産・販売・運営を支援する『teshioni』で自身のブランドを販売していくこととなりますが、SNSを通じた広報・宣伝などについてはどうされているのでしょうか
『teshioni』においての広報・宣伝もデザイナーが自分たちで行います。一方で、私たちがYouTubeなどで発信しているのは、そのデザイナーがブランドを創り上げていくプロセスの記録です。何に困り、何を選択してきたかというのは当事者が発信することは難しく、第三者である私たちが記録し、公開しています。
そのプロセスを収めた記録も、積極的に拡散をしているわけではなく、ブランドを知ったお客様が、その背景や文脈に何があるのかをもっと知りたいと思ったときにアクセスできるようにしています。
広い視野をもって、長いスパンで物事を捉えれば、ブレずに目標に近づける
―それにしても、全くの未経験から偶然ステイト・オブ・マインドに入社され、今ではご自身でブランドをプロデュースされています。その力はどのように養われたのでしょうか自分がこれまで体験したこと、見て面白いと感じたものを咀嚼して自分の力にしているように思います。バレエを通じて学んだこと、日常でお笑いを見て感じたことを解釈していますね。
―日常で見ているお笑い番組を咀嚼する、解釈するというのはどういった作業なのでしょうか
一日中仕事のことが頭から離れないタイプなんです。例えばエンタメを見たときに、司会者やお笑い芸人の方の話し方や、相手に対しての伝え方を聞いたとき、インスタライブでお洋服を紹介するときにはこうした方がいいのかもしれない、と考えるといった感じですね。バレエであれば衣装が独特なので、衣装のこの要素を洋服に活かそうといったことを考えています。
―佐藤さんにとって、この仕事のやりがいはどこに見出されているのでしょうか
職種にかかわらず、仕事の面白さは、いかに社会に貢献しているかを感じることができるかにあるように思います。
私の仕事であれば、例えば『nutte』に登録された職人さんが、少し前まで時給1000円に満たないアルバイトなどで生計をたてていたのに、『teshioni』で縫製の仕事で月間に数十万円稼ぐことが出来るようになったということもありました。
また、当社にはアトリエがあり、毎日、ブランドの立ち上げに努力していくことで、目に見えて変わっていく姿をみることができます。こういった姿を見ていると、世界を少し変えることができているのかな、とも思いますね。
自分のことは最後にしようと考えています。自分を主語にするのではなく、「社会にとって」「会社にとって」「ブランドにとって」と主語を大きくして物事を考えるようにしています。ある服のデザインを考えるときに、私を主語にしてしまうと、自分が好きかどうかということに終始してしまいます。自分が好きなデザインは良いデザインで、好きでないデザインは良くないデザインとなってしまいます。しかし、ブランドを主語にして考えたら、また見え方は変わっていきますよね。そのデザインがブランドらしいかどうかという視点で物事を見ることができれば、ブレずに判断することができると思っています。
―『teshioni maison407』のビジョンや目標を教えてください
誰でもブランドを作ることが出来るというのは面白いことですよね。アトリエがあるとお話しましたが、解釈の出来る職人を育てています。言葉や文化から、それを形にすることができるような力を身に着けてほしいと思っていますね。
また、ゆくゆくは海外に挑戦できる日本のブランドも育てていきたいと考えています。
―最後に、自分のブランドを持ちたい、自分で事業を手掛けてみたいと考える読者に向けてメッセージをお願いします
自分の根底にある楽しいと思えることを見つけてほしいと思っています。それは単に楽しさを感じることというよりも、やってみたいことに向けて一歩ずつ努力していくというプロセスそのものを楽しめるようなことです。
近視眼的になりすぎてしまうと、短期的に楽しいと感じることに目が向いてしまいますが、主語を大きく持てば長いスパンで物事を捉えることができるでしょう。例えば30歳で縫製職人を目指すことを志したとして、世の中には20歳で目指し始めている人もいます。10年の差が大きく感じる人もいるでしょうが、職人として70歳まで活動するとなれば、実はそこまで大差があるわけでもないのです。大きな視点でやりたいことに向かって挑戦することが出来ればブレずにいられると思います。
私も20代で一度、キャリアが断たれてしまうことがありました。その時にはどこも雇ってくれないんじゃないか、社会に出ることはできないのではないか、不安に感じたこともありましたが、結局はそうではありませんでした。この先長い人生だと思います。目の前のことに囚われ過ぎずに、もっと広い視野をもって欲しいですね。
株式会社ステイト・オブ・マインド
2015年2月設立。着る人と縫う人をつなぐ、縫製職人のマッチングプラットフォーム『nutte(ヌッテ)』、1年でD2Cブランドとして自走できる力を身に着けることが出来る『teshioni maison407』といったサービスを通じ、「国内の縫製業界の再生」「縫製職人の活躍の場を増やす」「デザイナーが自身のブランドを通じ活躍する」ことを支援する。国内縫製業は海外とのコスト競争に敗れ、収益性が低い産業となり、まとまった収入を得ることができないことから若手人材の育成に注力できない産業の空洞化という課題がある中、エンドユーザーとできるだけ近い距離で受注できる環境をつくり、適正な収入を得られる環境を作り出している。現在、ユーザーは2万6,000人を超え、IVS Launch Padで準優勝、「ガイアの夜明け」「WBS」「スッキリ!」などの各種メディアでも特集される他、業界再編に関心の高い大手事業者との資本業務提携・事業提携が進むなど、注目を集めている。