2022.10.19INTERVIEW
忘れられない「体験」を出張撮影で。ピクスタの事業部長が立ち上げた第二のプラットフォーム事業に込めた想い
ピクスタ株式会社
インキュベーション本部
fotowa事業部
部長
李 せい(り せい)様
「クリエイティブ・プラットフォーム事業」を主な事業とし、画像・動画・音楽の素材サイト「PIXTA」、好きな時に好きな場所で、プロに撮影を頼める家族・子ども向け出張撮影プラットフォーム「fotowa」、スマホ写真の投稿販売マーケットプレイス「Snapmart」を展開するピクスタ株式会社。今回お話を伺ったのは「fotowa」の立ち上げ人であり、業界No.1サービスへ成長させた李さん。事業を成長させた背景に加え「多様な生き方に寄り添った選択肢を広げる」という目標のもと、サービス設計に取り組む李さんが目指す社会についてもお話を伺いました。
出張撮影プラットフォーム「fotowa(フォトワ)」
写真を撮って欲しいユーザーと、フォトグラファーをつなぐ、家族・子ども向けの出張撮影マッチングプラットフォーム。気軽にプロのフォトグラファーに出張撮影を依頼できるだけでなく、自分好みの要望を提示でき、好きな場所で自然でおしゃれな写真を理想の形で残すことができます。フォトグラファーにとっても空き時間を活かして新たなユーザーとの出会いの創出となるほか、自身の作風を見て指名を受けるためオリジナリティを発揮してファンの獲得につなげることができるサービスです。これまでに7万7000組の出張撮影を手掛けています。(2022年6月現在)
日本への留学は本当に偶然のことでした。中国では日本以上に受験競争が激しいのですが、たまたま運よく推薦で大学に進学できることになったのです。日本語学科かドイツ語学科のいずれかを選ぶことができたのですが、日本語学科を選びました。当時は日本語にそこまで熱意があったわけではなく、受験競争に巻き込まれるくらいなら推薦で入学しようという気持ちが正直、強かったですね。ただ、せっかく日本語を学ぶのであれば現地できちんと勉強しようと思い、大学の連携プログラムを使って留学しました。日本のアニメや漫画も好きでしたが、中国にいたころは人並みに触れる程度だったものの、日本に留学してからハマってしまい、オタクになりました(笑)。
もともとは2年間の留学で帰国するつもりでしたが、コミケに行ったり、漫画の新刊を発売日前に手にしていないと気が済まなくなってしまい、オタク活動を続けるために日本に居続けることを選択したというのが当時の状況でした(笑)。
―その後、明治大学大学院で広告やマーケティングを学ばれたということですが、日本に居続けるために大学院に進学されたということなんですね
はい、そうなんです(笑)。学部を卒業するタイミングで働くか大学院に進むかを選択するのですが、まだ働きたくないと思い大学院へ進学しました。ただ、今度は論文を書くのも大変で、働くか研究を続けるかを悩み、しぶしぶ就職したという経緯です。
―どんな就職活動だったのでしょうか
大学院で専攻していたこともあり、広告業界に絞って就職活動をしていました。さらに生意気にも会社も絞り込んでいて、電通・博報堂・リクルートの3社しか受けていませんでした。
そんな就職活動だったので当然うまくいかず、かといって行きたい会社も見つからない中で就職活動を続ける気持ちもなく、どうしようかと思っていました。そんなとき、たまたまアルバイト先の新宿ゴールデン街の飲み屋の常連さんが、IT商社の会長の娘さんで「うちの会社に来る?」と誘われて営業として入社しました。
―IT商社の営業として働き始めたとのことですが、その後は転職も経験されたそうですね
偶然の入社でしたが、なかなか仕事内容に関心をもつことができませんでしたし、少し古い体質の社風も自分には合わず、転職することにしたんです。半年ほどで退職しアルバイトをしながらの転職活動でしたが、これも本当に偶然にリクルートの募集があったので受験してみたら受かりました。リクルートでは営業企画やディレクターの仕事をしていました。
―就職活動で希望したリクルートに入社した後で起業されたそうですが、そこにはどんな背景があったのでしょう
希望の会社であり、かつ所属していた間は本当に刺激的な日々で素晴らしい会社ではありましたが、入社から2年ほどして所属していた部署の方針が変わり、一個人として理想としていた価値提供と会社のそれとのギャップが発生してしまい退職を決意しました。また、当時27歳だったのですが「入社したら3年は続けよう」と一般的に言われている中、仮に別の会社に入社すると30歳になってしまいます。それであれば20代の内に興味のあった起業に挑戦しようと考えたのです。
―起業に興味をもっていたのはなぜでしょうか
会社員と経営者では見える風景が絶対に違うと思っていたこともあり、そこに身を置くのも面白いんじゃないかと考えたんです。起業に対してハードルを感じたり、戸惑ったりすることも全くありませんでした。会社登録も自分一人でやり、広告の枠を提供する合同会社を立ち上げました。
―その後、ピクスタに入社するまでにはどんな経緯があったのでしょう
立ち上げた会社は約1年で閉業しました。起業を経験してみてよくわかったことは、「いかに自分ができないか」ということでした。当時は完全自己資金での会社運営でしたので、リソースを集め活用するというノウハウがありませんでした。
他人に投資してもらえない事業を継続してもどうしようもないと考えて、1年間で4回も事業ピボットするうちに「そもそも何のために起業したのか?」と立ち止まって考えるようになりました。起業することが目的になってしまっており、起業を通して何を実現したいのかというゴールがなかったことに気づいたんです。
そして、きちんと実践を含めて勉強したいと考え、学ぶとなれば一番の近道は経営者のそばで仕事することだと思うので、経営者の近くで、チャンスが与えられて、自分が持っている広告に関する知識を活かして会社にすぐに貢献できる、この三つの条件で就職先を探したんです。
―そして条件に合致するところがピクスタだったんですね。ただ、他にも同じ条件に当てはまる会社もあったのではないでしょうか
条件に合致する会社は他にもあり、内定をいただけた会社もありました。ただ、当時の人事部長の熱量がすごくて当社への入社を決めました。実はその人事部長は「修造」というあだ名だったくらい、本当に熱心に口説いてくれたんですよね(笑)。その他の条件が一緒であるなら、強く求められている会社に入社した方がお互い幸せなんだろうなと思い、そこで決めました。
Webマーケティングの担当部署に配属になりました。当社のメイン事業である「PIXTA」の集客を半年ほど担当していました。
―その後、「fotowa」の立ち上げをされたのでしょうか
そうなんです。実はある日の全社会議で新規事業に取り組むことの発表があったのですが、その会議の24時間前に担当として抜擢されました。採用面接の段階で「新規事業をやってみたい」ということを伝えていて、恐らくそんな意欲をもっていることを思い出していただき、任せていただいたのだと思います。
―急な抜擢だったんですね。選ばれた時にはどんな感想を持たれたのでしょうか
「思ったより早く新規事業に関われるんだな」と驚いたと同時に良いチャンスだから成功させたいとも思いましたね。
―「fotowa」の事業構想はどのように形になっていったのでしょうか
新規事業のっスタート時、代表からは「出張撮影」というキーワードだけもらい、何か新しい事業を立ち上げてくれと言われました。後々知ったのは、当初、代表はtoB向けのサービスを想像していたそうですが、最終的にtoC向けのサービスに着地しました。
市場調査をしていくとtoB向けのサービスのニーズはあるもののマーケットで勝っているプレイヤーがいない状況でした。ブルーオーシャンと思うかもしれませんが、よくよく調べてみると法人向けの出張撮影は要求が細かく、クライアントによって求めるレベル感も異なり、場合によってはどんな写真が必要なのか分からないから考えてほしいといったコンサルティングまで求められることが分かりました。プラットフォーム事業として展開するとなると、標準化しづらく成功できるイメージが私には湧かなかったんです。
一方でtoCは700億円規模といわれるマーケットが確立していて、その中のおよそ半分が大手のフォトスタジオがシェアを握っているという環境でした。ただ、これもよくよく調べてみるとユーザーのニーズとフォトスタジオのサービスが合致していなさそうだということにも気づきました。
―どのような点で既存サービスとユーザーのニーズに乖離があると思われたのでしょうか
フォトスタジオには良さはあるものの、当時はスタジオで着物を着てかしこまった恰好で撮影し、写真を大きな額縁に入れて持ち帰るというもので、撮影データをもらうことはできなかったんです。ですが、スマホが流行り始めたタイミングでもありましたので、みんな写真をデータで欲しがっていました。さらにSNSが普及して「自分らしさを表現したい」「オシャレな写真が欲しい」というニーズも顕在化していました。
それに応えられているサービスはまだなかったので、うまくいけば大きなシェアを占めることができると考えました。そして、テストマーケティングの一環で、被写体となる家族やフォトグラファーの方をお呼びして実際に撮影してみたんです。
そこで分かったことは子どもの撮影サービスは標準化しやすいということでした。例えば七五三であれば、鳥居の前や本殿の前など決まったスポットがあり、そこに少し遊んでいる姿やご家族の談笑シーンを撮影していくなど、撮影パターンがある程度決まっています。また、子どもの場合には集中力も持続しないので、1時間くらいで撮影を終えないといけません。一定の提供時間で標準化しやすいならプラットフォーム事業として非常にやりやすいと思いました。
―順調に事業は成長したのでしょうか
特に大きなアクシデントはありませんでした。おかげ様で順調に成長していきました。一方で、多くの人に選ばれるサービスにしていくためには小手先ではなく、ユーザーとフォトグラファーの双方にどんな価値を届けるのか、そしてその価値をどのように機能として落とし込んでいくのかということを考えに考え抜き、愚直に実行していかなければなりません。
「今月の売上が足りないから何かキャンペーンをしよう」ということはしたくなくて、それであれば中長期的な目線でキャンペーンに充てるリソースを本質的な施策や機能開発に使うといったことをしたいですし、社内にもそのように考えている人が多いです。
―ユーザーとフォトグラファーに届けたい「価値」というのは具体的にどのようなものなのでしょうか
ユーザーにとっては「写真」という納品物はもちろんですが、撮影された日の「体験」をとても大事にしています。その日を思い返して「楽しかった」と思ってもらえるようにしたいんです。それは写真を見返した時に思うことだと思うのですが、fotowaならフォトグラファーはもちろん、どのような場所でどんな写真を撮影するのか自分で選択することができます。色々な選択肢の中から自分で選び、それがいい思い出になれば自己肯定感も高まると考えているんです。
テストマーケティングをやっていた時に印象的なことがありました。とあるユーザーが大手フォトスタジオの常連で、きっとそこのファンなのだと思っていました。「どんなところが好きなんですか?」と聞いてみると、意外なことに「好きなところは何もありません」と仰いました。
「それなら何で行くんですか?」と聞くと「そこしか行くところがないからです」と答えられました。それって不幸なことですよね。今でもfotowaの口コミを見ていると「もっと早くfotowaに出会っていればよかった」といった投稿があります。たくさんの人に知ってもらえれば、きっと多くの人に幸福を届けることができるんじゃないかと思っています。
そしてフォトグラファーに対して届ける価値は、「自分らしさを表現しながら収入が得られる」ところにあります。fotowaに登録するための審査は厳しいものの、決して写真のテイストを制限することはありません。競合他社の中には全員同じようなテイストの写真に揃えるところもありますが、もしそのテイストをフォトグラファーが得意としていなければ合わないですよね。
そのため、フォトグラファーの方からは、「本当に自分の好きなようにやれて、かつ、それでユーザーが喜んでくれるのが嬉しい。その上で生活も成り立つのでこれ以上の幸せはない」という言葉をいただくこともあります。
―きちんとした価値を提供できていることで、事業が順調に成長しているのですね
その通りだと思います。私たちのこの価値観に共感してくださるユーザーとフォトグラファーに支持していただけていると思いますね。
「家族写真」についてお話すると、現代はいわゆるステレオタイプのような家族以外にも、例えばLGBTQや発達の特性をもつお子さんのいる家族もあると思いますが、「家族写真」を撮影することをこれまでなら諦めておられたかもしれません。変な目で見られてしまうんじゃないか、フォトグラファーの方に迷惑をかけてしまうんじゃないか、そんな風に考えておられたこともあると思います。そういった方々に、fotowaには理解があることはもちろんですし、一緒に素敵な思い出を作りましょうということを伝えることができると考えています。
―これまでに7万7000組もの写真を撮影されてきたそうですが、印象的だと思ったケースを教えてください
一つ一つが印象的だったので、代表例を挙げるとなると本当に難しいですね(笑)。その中でも記憶に残っているのは、先ほどのお話の中にあったような発達の特性のあるお子さんのご家庭の写真撮影でした。この案件をフォトグラファーの方に相談すると、色々と提案をしてくれて、当日も人目の少ないところを選んでくれたそうです。
その方の口コミを見ると「外出をしたときにここまで人目を気にすることなく、自分の子どもらしい写真をこんなにきれいに素敵に残してもらえたのは人生初めてです」といった投稿をされていました。これは本当に嬉しかったですね。
―今後、fotowaをこんな風に進化させたいなど事業ビジョンはありますか
全国で1160人ものフォトグラファーの方にご登録いただいている(2022年8月現在)が故に、選びきれないというユーザーの方もいらっしゃいます。写真のテイストをはじめ、相性は色々な角度で測ることができますが、より精度高くマッチングができるような仕組みを導入していきたいですね。
―マッチングするにあたって、写真のテイスト以外ではどんなポイントがあるのでしょう
分かりやすい例を挙げると、例えばフォトグラファーの「距離感」や「コミュニケーションのスタイル」があります。写真を撮影するにあたって「場を盛り上げることに慣れている人」もいれば、「落ち着いた様子で丁寧に進める人」もいますよね。そうした人柄・雰囲気のようなものもマッチングのポイントになります。
―色々とお話いただきありがとうございます。留学や就職・転職、起業や新規事業立ち上げなど、様々な選択をされてきた李さんから、これから色々なキャリアの選択肢のある20代の読者に対してメッセージをお願いします
あくまで私個人の考えですが、選択にあたってはメリット・デメリットを整理した上で最後は自分の心の声に従うのが一番だと考えています。「やりたい」「ワクワクする」「楽しそう」といった自分の情熱を捧げられるような方向を選ぶということです。
よく、後悔しない選択をしたいという人もいますが、後悔するかどうかは選んだ後でどれだけ努力したかによるところが大きいと思いますね。それにたとえ失敗や後悔したと思ったとしてもそれで死ぬわけでもありません。また新しい道を選べば良いんです。私は座右の銘に「死にさえしなければ、なんとかなる」と掲げていますが、そのくらいの気持ちでどんとチャレンジしていけばいいと思います。
ピクスタ株式会社
2005年8月25日設立。「才能をつなぎ、世界をポジティブにする」の企業理念のもと、グループビジョンに「世界中の才能をつなげるクリエイティブプラットフォームを創造していく」を掲げ、画像・動画・音楽の素材サイト「PIXTA」、好きな時に好きな場所で、プロに撮影を頼める家族・子ども向け出張撮影プラットフォーム「fotowa」、スマホ写真の投稿販売マーケットプレイス「Snapmart」を展開。fotowaは事業ビジョンを「出張撮影を当たり前にし、fotowaをその代名詞とする」とし、お客さまの平均評価は5点満点中4.9点、売上は毎年平均+49%で成長している。
インキュベーション本部
fotowa事業部
部長
李 せい(り せい)様
「クリエイティブ・プラットフォーム事業」を主な事業とし、画像・動画・音楽の素材サイト「PIXTA」、好きな時に好きな場所で、プロに撮影を頼める家族・子ども向け出張撮影プラットフォーム「fotowa」、スマホ写真の投稿販売マーケットプレイス「Snapmart」を展開するピクスタ株式会社。今回お話を伺ったのは「fotowa」の立ち上げ人であり、業界No.1サービスへ成長させた李さん。事業を成長させた背景に加え「多様な生き方に寄り添った選択肢を広げる」という目標のもと、サービス設計に取り組む李さんが目指す社会についてもお話を伺いました。
出張撮影プラットフォーム「fotowa(フォトワ)」
写真を撮って欲しいユーザーと、フォトグラファーをつなぐ、家族・子ども向けの出張撮影マッチングプラットフォーム。気軽にプロのフォトグラファーに出張撮影を依頼できるだけでなく、自分好みの要望を提示でき、好きな場所で自然でおしゃれな写真を理想の形で残すことができます。フォトグラファーにとっても空き時間を活かして新たなユーザーとの出会いの創出となるほか、自身の作風を見て指名を受けるためオリジナリティを発揮してファンの獲得につなげることができるサービスです。これまでに7万7000組の出張撮影を手掛けています。(2022年6月現在)
留学・大学院進学・就職・転職・起業・そして再び会社員へ
―これまでのご経歴について伺います。大学3年次に中国の大学の連携プログラムを使って帝京大学に編入されたそうですね。なぜ日本に留学しようと思われたのでしょうか日本への留学は本当に偶然のことでした。中国では日本以上に受験競争が激しいのですが、たまたま運よく推薦で大学に進学できることになったのです。日本語学科かドイツ語学科のいずれかを選ぶことができたのですが、日本語学科を選びました。当時は日本語にそこまで熱意があったわけではなく、受験競争に巻き込まれるくらいなら推薦で入学しようという気持ちが正直、強かったですね。ただ、せっかく日本語を学ぶのであれば現地できちんと勉強しようと思い、大学の連携プログラムを使って留学しました。日本のアニメや漫画も好きでしたが、中国にいたころは人並みに触れる程度だったものの、日本に留学してからハマってしまい、オタクになりました(笑)。
もともとは2年間の留学で帰国するつもりでしたが、コミケに行ったり、漫画の新刊を発売日前に手にしていないと気が済まなくなってしまい、オタク活動を続けるために日本に居続けることを選択したというのが当時の状況でした(笑)。
―その後、明治大学大学院で広告やマーケティングを学ばれたということですが、日本に居続けるために大学院に進学されたということなんですね
はい、そうなんです(笑)。学部を卒業するタイミングで働くか大学院に進むかを選択するのですが、まだ働きたくないと思い大学院へ進学しました。ただ、今度は論文を書くのも大変で、働くか研究を続けるかを悩み、しぶしぶ就職したという経緯です。
―どんな就職活動だったのでしょうか
大学院で専攻していたこともあり、広告業界に絞って就職活動をしていました。さらに生意気にも会社も絞り込んでいて、電通・博報堂・リクルートの3社しか受けていませんでした。
そんな就職活動だったので当然うまくいかず、かといって行きたい会社も見つからない中で就職活動を続ける気持ちもなく、どうしようかと思っていました。そんなとき、たまたまアルバイト先の新宿ゴールデン街の飲み屋の常連さんが、IT商社の会長の娘さんで「うちの会社に来る?」と誘われて営業として入社しました。
―IT商社の営業として働き始めたとのことですが、その後は転職も経験されたそうですね
偶然の入社でしたが、なかなか仕事内容に関心をもつことができませんでしたし、少し古い体質の社風も自分には合わず、転職することにしたんです。半年ほどで退職しアルバイトをしながらの転職活動でしたが、これも本当に偶然にリクルートの募集があったので受験してみたら受かりました。リクルートでは営業企画やディレクターの仕事をしていました。
―就職活動で希望したリクルートに入社した後で起業されたそうですが、そこにはどんな背景があったのでしょう
希望の会社であり、かつ所属していた間は本当に刺激的な日々で素晴らしい会社ではありましたが、入社から2年ほどして所属していた部署の方針が変わり、一個人として理想としていた価値提供と会社のそれとのギャップが発生してしまい退職を決意しました。また、当時27歳だったのですが「入社したら3年は続けよう」と一般的に言われている中、仮に別の会社に入社すると30歳になってしまいます。それであれば20代の内に興味のあった起業に挑戦しようと考えたのです。
―起業に興味をもっていたのはなぜでしょうか
会社員と経営者では見える風景が絶対に違うと思っていたこともあり、そこに身を置くのも面白いんじゃないかと考えたんです。起業に対してハードルを感じたり、戸惑ったりすることも全くありませんでした。会社登録も自分一人でやり、広告の枠を提供する合同会社を立ち上げました。
―その後、ピクスタに入社するまでにはどんな経緯があったのでしょう
立ち上げた会社は約1年で閉業しました。起業を経験してみてよくわかったことは、「いかに自分ができないか」ということでした。当時は完全自己資金での会社運営でしたので、リソースを集め活用するというノウハウがありませんでした。
他人に投資してもらえない事業を継続してもどうしようもないと考えて、1年間で4回も事業ピボットするうちに「そもそも何のために起業したのか?」と立ち止まって考えるようになりました。起業することが目的になってしまっており、起業を通して何を実現したいのかというゴールがなかったことに気づいたんです。
そして、きちんと実践を含めて勉強したいと考え、学ぶとなれば一番の近道は経営者のそばで仕事することだと思うので、経営者の近くで、チャンスが与えられて、自分が持っている広告に関する知識を活かして会社にすぐに貢献できる、この三つの条件で就職先を探したんです。
―そして条件に合致するところがピクスタだったんですね。ただ、他にも同じ条件に当てはまる会社もあったのではないでしょうか
条件に合致する会社は他にもあり、内定をいただけた会社もありました。ただ、当時の人事部長の熱量がすごくて当社への入社を決めました。実はその人事部長は「修造」というあだ名だったくらい、本当に熱心に口説いてくれたんですよね(笑)。その他の条件が一緒であるなら、強く求められている会社に入社した方がお互い幸せなんだろうなと思い、そこで決めました。
全社会議の24時間前に新規事業担当者に抜擢
―ピクスタではまずどんな仕事を担当されたのでしょうかWebマーケティングの担当部署に配属になりました。当社のメイン事業である「PIXTA」の集客を半年ほど担当していました。
―その後、「fotowa」の立ち上げをされたのでしょうか
そうなんです。実はある日の全社会議で新規事業に取り組むことの発表があったのですが、その会議の24時間前に担当として抜擢されました。採用面接の段階で「新規事業をやってみたい」ということを伝えていて、恐らくそんな意欲をもっていることを思い出していただき、任せていただいたのだと思います。
―急な抜擢だったんですね。選ばれた時にはどんな感想を持たれたのでしょうか
「思ったより早く新規事業に関われるんだな」と驚いたと同時に良いチャンスだから成功させたいとも思いましたね。
―「fotowa」の事業構想はどのように形になっていったのでしょうか
新規事業のっスタート時、代表からは「出張撮影」というキーワードだけもらい、何か新しい事業を立ち上げてくれと言われました。後々知ったのは、当初、代表はtoB向けのサービスを想像していたそうですが、最終的にtoC向けのサービスに着地しました。
市場調査をしていくとtoB向けのサービスのニーズはあるもののマーケットで勝っているプレイヤーがいない状況でした。ブルーオーシャンと思うかもしれませんが、よくよく調べてみると法人向けの出張撮影は要求が細かく、クライアントによって求めるレベル感も異なり、場合によってはどんな写真が必要なのか分からないから考えてほしいといったコンサルティングまで求められることが分かりました。プラットフォーム事業として展開するとなると、標準化しづらく成功できるイメージが私には湧かなかったんです。
一方でtoCは700億円規模といわれるマーケットが確立していて、その中のおよそ半分が大手のフォトスタジオがシェアを握っているという環境でした。ただ、これもよくよく調べてみるとユーザーのニーズとフォトスタジオのサービスが合致していなさそうだということにも気づきました。
―どのような点で既存サービスとユーザーのニーズに乖離があると思われたのでしょうか
フォトスタジオには良さはあるものの、当時はスタジオで着物を着てかしこまった恰好で撮影し、写真を大きな額縁に入れて持ち帰るというもので、撮影データをもらうことはできなかったんです。ですが、スマホが流行り始めたタイミングでもありましたので、みんな写真をデータで欲しがっていました。さらにSNSが普及して「自分らしさを表現したい」「オシャレな写真が欲しい」というニーズも顕在化していました。
それに応えられているサービスはまだなかったので、うまくいけば大きなシェアを占めることができると考えました。そして、テストマーケティングの一環で、被写体となる家族やフォトグラファーの方をお呼びして実際に撮影してみたんです。
そこで分かったことは子どもの撮影サービスは標準化しやすいということでした。例えば七五三であれば、鳥居の前や本殿の前など決まったスポットがあり、そこに少し遊んでいる姿やご家族の談笑シーンを撮影していくなど、撮影パターンがある程度決まっています。また、子どもの場合には集中力も持続しないので、1時間くらいで撮影を終えないといけません。一定の提供時間で標準化しやすいならプラットフォーム事業として非常にやりやすいと思いました。
―順調に事業は成長したのでしょうか
特に大きなアクシデントはありませんでした。おかげ様で順調に成長していきました。一方で、多くの人に選ばれるサービスにしていくためには小手先ではなく、ユーザーとフォトグラファーの双方にどんな価値を届けるのか、そしてその価値をどのように機能として落とし込んでいくのかということを考えに考え抜き、愚直に実行していかなければなりません。
「今月の売上が足りないから何かキャンペーンをしよう」ということはしたくなくて、それであれば中長期的な目線でキャンペーンに充てるリソースを本質的な施策や機能開発に使うといったことをしたいですし、社内にもそのように考えている人が多いです。
―ユーザーとフォトグラファーに届けたい「価値」というのは具体的にどのようなものなのでしょうか
ユーザーにとっては「写真」という納品物はもちろんですが、撮影された日の「体験」をとても大事にしています。その日を思い返して「楽しかった」と思ってもらえるようにしたいんです。それは写真を見返した時に思うことだと思うのですが、fotowaならフォトグラファーはもちろん、どのような場所でどんな写真を撮影するのか自分で選択することができます。色々な選択肢の中から自分で選び、それがいい思い出になれば自己肯定感も高まると考えているんです。
テストマーケティングをやっていた時に印象的なことがありました。とあるユーザーが大手フォトスタジオの常連で、きっとそこのファンなのだと思っていました。「どんなところが好きなんですか?」と聞いてみると、意外なことに「好きなところは何もありません」と仰いました。
「それなら何で行くんですか?」と聞くと「そこしか行くところがないからです」と答えられました。それって不幸なことですよね。今でもfotowaの口コミを見ていると「もっと早くfotowaに出会っていればよかった」といった投稿があります。たくさんの人に知ってもらえれば、きっと多くの人に幸福を届けることができるんじゃないかと思っています。
そしてフォトグラファーに対して届ける価値は、「自分らしさを表現しながら収入が得られる」ところにあります。fotowaに登録するための審査は厳しいものの、決して写真のテイストを制限することはありません。競合他社の中には全員同じようなテイストの写真に揃えるところもありますが、もしそのテイストをフォトグラファーが得意としていなければ合わないですよね。
そのため、フォトグラファーの方からは、「本当に自分の好きなようにやれて、かつ、それでユーザーが喜んでくれるのが嬉しい。その上で生活も成り立つのでこれ以上の幸せはない」という言葉をいただくこともあります。
―きちんとした価値を提供できていることで、事業が順調に成長しているのですね
その通りだと思います。私たちのこの価値観に共感してくださるユーザーとフォトグラファーに支持していただけていると思いますね。
自分の心に従って、情熱を捧げられる方向へ突き進む
―「多様な生き方に寄り添った選択肢を広げる」ということを目標に掲げて事業を行っておられますが、目標を実現するためにどんなことに取り組まれているのでしょうか「家族写真」についてお話すると、現代はいわゆるステレオタイプのような家族以外にも、例えばLGBTQや発達の特性をもつお子さんのいる家族もあると思いますが、「家族写真」を撮影することをこれまでなら諦めておられたかもしれません。変な目で見られてしまうんじゃないか、フォトグラファーの方に迷惑をかけてしまうんじゃないか、そんな風に考えておられたこともあると思います。そういった方々に、fotowaには理解があることはもちろんですし、一緒に素敵な思い出を作りましょうということを伝えることができると考えています。
―これまでに7万7000組もの写真を撮影されてきたそうですが、印象的だと思ったケースを教えてください
一つ一つが印象的だったので、代表例を挙げるとなると本当に難しいですね(笑)。その中でも記憶に残っているのは、先ほどのお話の中にあったような発達の特性のあるお子さんのご家庭の写真撮影でした。この案件をフォトグラファーの方に相談すると、色々と提案をしてくれて、当日も人目の少ないところを選んでくれたそうです。
その方の口コミを見ると「外出をしたときにここまで人目を気にすることなく、自分の子どもらしい写真をこんなにきれいに素敵に残してもらえたのは人生初めてです」といった投稿をされていました。これは本当に嬉しかったですね。
―今後、fotowaをこんな風に進化させたいなど事業ビジョンはありますか
全国で1160人ものフォトグラファーの方にご登録いただいている(2022年8月現在)が故に、選びきれないというユーザーの方もいらっしゃいます。写真のテイストをはじめ、相性は色々な角度で測ることができますが、より精度高くマッチングができるような仕組みを導入していきたいですね。
―マッチングするにあたって、写真のテイスト以外ではどんなポイントがあるのでしょう
分かりやすい例を挙げると、例えばフォトグラファーの「距離感」や「コミュニケーションのスタイル」があります。写真を撮影するにあたって「場を盛り上げることに慣れている人」もいれば、「落ち着いた様子で丁寧に進める人」もいますよね。そうした人柄・雰囲気のようなものもマッチングのポイントになります。
―色々とお話いただきありがとうございます。留学や就職・転職、起業や新規事業立ち上げなど、様々な選択をされてきた李さんから、これから色々なキャリアの選択肢のある20代の読者に対してメッセージをお願いします
あくまで私個人の考えですが、選択にあたってはメリット・デメリットを整理した上で最後は自分の心の声に従うのが一番だと考えています。「やりたい」「ワクワクする」「楽しそう」といった自分の情熱を捧げられるような方向を選ぶということです。
よく、後悔しない選択をしたいという人もいますが、後悔するかどうかは選んだ後でどれだけ努力したかによるところが大きいと思いますね。それにたとえ失敗や後悔したと思ったとしてもそれで死ぬわけでもありません。また新しい道を選べば良いんです。私は座右の銘に「死にさえしなければ、なんとかなる」と掲げていますが、そのくらいの気持ちでどんとチャレンジしていけばいいと思います。
ピクスタ株式会社
2005年8月25日設立。「才能をつなぎ、世界をポジティブにする」の企業理念のもと、グループビジョンに「世界中の才能をつなげるクリエイティブプラットフォームを創造していく」を掲げ、画像・動画・音楽の素材サイト「PIXTA」、好きな時に好きな場所で、プロに撮影を頼める家族・子ども向け出張撮影プラットフォーム「fotowa」、スマホ写真の投稿販売マーケットプレイス「Snapmart」を展開。fotowaは事業ビジョンを「出張撮影を当たり前にし、fotowaをその代名詞とする」とし、お客さまの平均評価は5点満点中4.9点、売上は毎年平均+49%で成長している。